2020.7
60代 男性 非常勤
【うんちの話】
10年程前のことだ。神から天啓を受け、すべてを捨てて最も貧しい人々のために生涯を捧げたマザー・テレサの映画を観た。「接する人はすべてマリア様に見える」という彼女のセリフに、一介の仏教僧である私はうたれた。「すべてを捨てて福祉をやる!」と辞職してしまったその日、妻から「ちゃんと働け」との天啓を受けた。そして妻の指示に従い、ハローワークに出向き、紹介された某老人介護施設にAさんがいた。
Aさんはいつも不機嫌だった。マリア様ではなく鬼に見えた。次第にAさんの体調が悪くなり、朝一番で一緒にトイレに行くのが日課となった。
ある朝、間に合わなかった。Aさんを抱えてパジャマのズボンを下ろしたとき。出てしまった。怒りまくるAさん。私は咄嗟にAさんの尻の下に手を広げていた。ドボドボと温かいものが流れて来た。受け止めてやったぞとほくそ笑んだのも束の間、臭くなってきた。あらためてそれがうんちだと気づいたとき、無性に悲しくなった。怒りで怒鳴りまくるAさん。情けなさで嗚咽する私。地獄だった。
ふと気づくとAさんが楽しそうに笑っていた。つられて私も笑った。少しマザー・テレサの気持ちがわかった気がした。